続き、桃華ちゃま親愛MAXバースデーコメ(2013年の)参照

「8時20分、か」
 彼は腕時計を確認し、そう言いました。わたくしも念のため自分の時計を確認しましたが、
確かにその通りでした。ただ、
「……Pちゃま、レディーと一緒にいる時にあまり時間を気にするものではありませんわ」
と、少しばかり心得を授けてさしあげないといけないとは思いましたわ。
「あ、そうだね。ごめん。ちょっと迷ってたから」
「一度来た道をまた通ったりとかはしてませんでしたわよ?」
「そうなんだ」
 今日は迷ってる様子だったのは最初だけで、あとは自信ありげに案内するものだから、
てっきり道はわかってるのだと思いましたが、開き直ってただけだったようです。
「誰かと待ち合わせしているわけではないでしょう?それに時間だってたくさんありますわよ?」
「……そうだね」
「道案内はお任せしますから、しっかりね?」
 Pちゃまはいわゆる方向音痴です。それでも、わたくしのために何ができるかとか、
わたくしにどれだけ尽くせるかとか、わたくしの力になれるかとか。
 そんなことばかりをいつも気にかけている彼に、『もういい』だなんて言うのは気が引けます。
誕生日なのにわたくしが気を遣うことになるなんて。……などとは、もちろん思いませんわ。
わたくしが彼を求める時に、あなたは一番嬉しそうな目をしてくれるから。
「ありがとう、くーちゃん」
「くーちゃんって誰ですの」
わたくしは櫻井桃華。……さくらいももか。……さ『く』らいももか。なるほど。
……どうしてよりによって、そこをあだ名にしますの。
「くーちゃんがアイドルの桃華ちゃんだってことが周りに気付かれるとまずいからね。
くーちゃんも気をつけてね。くーちゃん」
「気に入ったようで何よりですわ」


「16時……くーちゃん、そろそろ帰ろう?」
「あら、もう帰りますの?」
 わたくしは、彼にエスコートされて、タクシーに乗り(わたくしの家には車の運転手がいますけど、
わたくしと面識がある人に送迎されるのは気が乗らないそうです)、モノレールに乗り、それから県庁の食堂でお昼ごはんを食べ、それから遊園地に行き、今は二人で観覧車に乗ったところです。
「遅くなっちゃうといけないからね。……くーちゃんさえよければ、ボクはくーちゃんの家で夕ごはんをご一緒させてもらって、
あとお風呂も借りて、一晩泊まってから朝ごはんもご一緒させてもらって東京に戻るけど」
「まあ♪ぜひそうしていって!」
 彼の中では随分もてなしてもらう予定だったようですが、わたくしもそうできればと思っていたので、
そこを突っつくようなことはしませんでした。
「……お昼ごはんはごめんね」
「あら、謝ることはありませんわ」
 県庁の食堂という、レディーとのデートにはふさわしくない場所ではありましたが、彼の食事処やドレスコード
他様々な紳士としての心得に対する疎さは責めないでおきましょう。
 彼はわたくしと外でデートする機会は滅多にありませんでしたし、今日だってそんな予定はなかったはずです。
それに……わたくしがアイドルで、子供だから、あまり『デート』といった感じの場所は避けたかったというのもあるでしょうし。
 料理の味は……あまり美味しくはなかったですけど、覚えていません。
彼は普段は温和ですが、わたくしが食べ物を残そうとすると、露骨に不機嫌になり、まるでわたくしを憎んでるかのように、
鋭い目で睨んできます。……でも、わたくしの見立てが間違っていなければその瞳の奥底にあるのは――不安。
 ……それが怖くて、とにかく無理にでも食べようとしました。だから、覚えていません。
 ――彼に何があったのでしょうか。彼は何を見たのでしょうか。……訊いても、そんな風に睨んだことを謝るばかりで、
本人もどうしてそうなってしまうのかわからないと言います。
 ……彼については、わたくしでもわからないことだらけですわ。
「桃華ちゃま?」
「!」
 いけない、デート中なのに考え事をしていましたわ。
「……何か悩みでもあるの?」
 それはわたくしの台詞ですわ。
「いえ……ねえ、Pちゃまはたくさん食べる女の子って好き?」
 何を訊いてますのわたくしは。
「好きだよ」
 ……わたくしは人並み以上には食べますけれど、それも味によりますわね。
「恥ずかしがり屋な女の子は?」
 彼のことを知りたい。
「好きだね」
 彼はわたくしの前でもわたくしとはかけ離れたタイプの子を好きと言いますのね。
「動物が好きな女の子は?」
「好きかな」
 ここで嫌いとは答えませんわよね。
「お絵描きが得意な女の子は?」
「大好きさ」
 ……思い浮かべてたのは、わたくしと同じ日に生まれたあの方。でも、答えを訊いて思い浮かんだのは……
「……それじゃあ、ゆめ……を、見ている女の子は?」
「夢を見ている女の子?……好きだな」
 ……訊けない。……もちろん彼は、自分がプロデュースしている女の子なら、誰に誰を好きかと聞かれても好きと答えるから、
答えに意味はない。……でも。彼の目を見れば。その子がどのくらい、彼の心を奪っているのかはわかってしまうから。
「……わたくしは?」
 ガタンッ。
 彼が立ち上がり、観覧車が大きく揺れた。
「……桃華!」
 そして彼は、驚いたような目をした彼は、
「好きだ、愛してる!」
 と、その目と唇で吠え、わたくしに正面から覆いかぶさり、抱きつくようにして、
「……大好きだ、ずっと一緒にいたい、離れたくない!……好きだ、好きだ、好きだ……」
 と、囁いた。
「……わたくしも」
 何も心配はいらない。彼はこれからもわたくしだけのモノでいてくれる。だからわたくしは、あなたにああ言ったんですよ?

「桃華ちゃま」
「……はい」
 き、キスとかはしてませんでしたわ!本当ですわ!……えっと、観覧車はまだ一番上までは着いてません。
「『夢』って聞いてから考えていたんだ、昨日どんな夢を見たか。思い出した」
「……忘れた夢って思い出せるんですのね」
 でも、怖い夢だったんじゃ……
「ボクにとっては桃華ちゃまが出る夢を忘れる方が怖いよ。予知夢かもしれないし」
「わたくしが出る夢……でしたのね」
「怖い夢だったのは覚えてたけど、どんな夢かは忘れてた。でも、怖いことは桃華ちゃまと離れることくらいだろうし、
そういう夢だって思ってた。でも違った。……考えてみれば、桃華ちゃまと離れる夢なんて見たら、ボクはきっと泣いていたから。
泣いてなかったってことはそうじゃないんだ」
 そう言いながら少し涙ぐんでいますけど。
「……泣かないでくださいまし」
 ハンカチを差し出すと、彼は断って自分のハンカチで涙を拭いた。……別に汚れるだなんて思いませんのに。
彼はそういった距離感の取り方がギクシャクしているところがありますわ。
「……うん。ありがとう。……ボクが見た夢は、世界から『愛』がなくなる夢だ」
「愛がなくなる夢?」
「正確には、ボクと桃華ちゃまとの間に愛がない世界の夢だけど、そんな世界はきっと、
誰もが誰も愛さないし誰にも愛されない世界だろうからね」
 愛がない世界。……どういう世界なのか、想像もしたくない。
「具体的には、表向きには今までと変わらないで話したりデートしたりしてるんだけど、そこに愛がないって感じかな」
「……それは……怖いですわね」
 見つめ合いながらも互いを愛さない恋人達。手を繋ぎながらも互いを愛さない夫婦。
それは想像すると、とても恐ろしいもののように思えた。
「でも今思うと、そんな世界でも桃華ちゃまとずっと一緒にいられるならいいかな」
「わたくしに愛されなくても?」
わたくしを愛せなくても?
「……そうだね」
「わたくしはそんなのイヤですわ!」
 レディーらしくもなく声を張り上げてしまいました。だってそんなの虚しいじゃありませんの。
「……でもね、桃華ちゃま。愛がない世界でボクときみが添い遂げられたら」
「添い遂げられたら?」
「ボクと桃華は、愛よりも素敵なもので結ばれてることになるんじゃないかな?」
「愛よりも素敵なもの……」
 そんなものありますの?
「……でも、あなたがそう思うのは……わたくしたちが愛し合ってるからですわ」
「ぼくもそう思うよ」
 どうして彼はそんな夢を見たのでしょう。わたくしも同じ夢を見たのでしょうか。
 そんなことを、怖い夢を思い出したのになぜか笑顔でいる彼と見つめ合いながら考えていると、
観覧車が頂上に着きました。外はだいぶ暗くなっています。ちらっと時計を見ると、
「12時」
あれ?


2013年バースデーSS完