今日は喜多日菜子ちゃんの誕生日です

「日菜子……プロデューサーさんに相談があるんですよぉ……むふ……むふふ……」
 ある日の夕方のこと。奇妙な笑みを浮かべながらこの少女、喜多日菜子は『プロデューサー』と呼ばれた人物に声を掛けた。
「……とても相談事がありそうな顔には見えないかな」
「そんなことありませんよ……ただ……むふ……王子様だけじゃなくて……ちっちゃな魔法使いさんが……日菜子を誘惑してくるんですよぉ……」
「心の病か?」
 奇怪な言動に暴言めいたことを放つプロデューサー。それに対し日菜子はむっとした様子だったが、すぐにさっきのにやけ顔に戻る。
「むふふ……確かにある意味病気かもしれませんねぇ……恋の病です♪それも禁断の恋ですよ……きっとロリコンのプロデューサーさんなら、わかってくれると思ったんです」
ロリコン呼ばわりはこの際どうでもいいから本題に入らないかな。ひーちゃん」
 『ひーちゃん』とはプロデューサーが勝手につけたあだ名である。
「はい……実はですねぇ……あの日から……千佳ちゃんが気になって……千佳ちゃんのことを考えるとドキドキしたり……顔を見るだけで体が熱くなっちゃったり……むふ……むふふ……」
 あの日。それは日菜子がハロウィンの仕事に行った日のことだ。その日の楽屋でのこと。無造作に飲み物に二本刺されていたストロー。その片方を日菜子が口に含んでいたところ、それを見た同じ事務所の幼女アイドル横山千佳がもう片方をくわえ、飲み物を吸い上げた。それは日菜子にとってインパクトの大きい事件だった。プロデューサーもそのことは聞いていたため、あの日といえばその日のことなんだろうと理解した。
「……そう」
「でも日菜子には王子様がいるんですよぉ……それに千佳ちゃんは女の子だし……まだ子供だし……でも……プロデューサーさんといるより……千佳ちゃんといるほうが……ドキドキするんですよぉ……」
 『王子様』と『プロデューサー』。この二つの単語の間にどんなつながりがあるのか。それを理解するのを拒否しつつ、多分そういうことなんだろうという認識をプロデューサーは持っていた。
(……おそらく、あの日突然千佳ちゃんが目の前に現れジュースを飲んでいたことへの驚きによる心拍数上昇などの生理的反応を恋愛感情によるものと錯覚してる、いわゆる吊り橋効果の一種だろう……その可能性を考えると……まず私のすることは……)
「むふ……むふふ……」
「ひーちゃん。話をゆっくり聞かせてもらうよ。アイスティーでもどう?」
「……『愛してる』……?」
「Iced tea」
「そうですか……むふふ……ティータイムですかぁ……桃華ちゃんに教えたら……ヤキモチを焼いちゃうかもしれませんねぇ〜?」
「私と桃華ちゃんのことをどういう関係だと思ってるんだ……?」
「……そのくらいのことではヤキモチ焼いたりしないくらい固い絆で結ばれて……?」
「冗談はそのくらいにしよう。準備するからちょっと待っててね」
 そうしてプロデューサーは紅茶の用意を始める。それをぼんやりとした様子で見つめる日菜子。
「むふ……こうしてると……家族みたいな感じですねぇ……?」
「……そうだね……私は勘当されたけど……妹のためにこうして紅茶を淹れてあげたかったな……」
 ちなみに筆者はまだ勘当されてはいない。
「……ご、ごめんなさい……」
「いいよ……ほら!用意できたよ!適当に砂糖とかガムシロップとかなんかよくわからないけどすごい甘味料とか入れて飲んでね!私はちょっとミルクを買いに行ってくるよ……」
「は〜い……むふふ……ミルク……」
 ストローをコップに二本差して部屋を離れようとしたプロデューサーだった。しかし、振り向いて様子を見るとやはり隙だらけだ。そう思ったプロデューサーは、計画を前倒しにすることにした。忍び足で日菜子の横に寄るプロデューサー。
「ちゅるるるる……」
「ちゅるるるる……」
 日菜子がストローを吸ってるのに紛れ、もう一方のストローを吸うのに成功した。しかしそれでも日菜子に気づいている様子はない。
「日菜子」
「!?……ぴ、Pさん!?なななな、何をっ!?……Pさんが日菜子の隣で一緒の飲み物を……?か、顔が近いです……」
 興奮のあまり倒れかけた日菜子。プロデューサーはそれを支え、ソファーへとお姫様抱っこの体勢で運んだ。それから、濡れタオルを額に乗せたりなどして落ち着かせた。

「……プロデューサーさん」
「なに?」
「……やっぱり日菜子の勘違いだったみたいです……千佳ちゃん相手じゃあそこまでドキドキしませんでした……アイドルの日菜子を誘惑するのは王子様だけでした……」
「……そう。それならよかった」
 もし本当に彼女が千佳に恋愛感情を持っていたとしたら、年齢差や性別、お互いがアイドルであることなどの障害を前に、プロデューサーは無責任に『押し倒せ!』などとアドバイスをしていただろう。プロデューサーとしてもそれはできれば避けたかった。
(しかし……もしもの時のことは、考えておいたほうがいいか……)

 翌日。
「我が事務所は、これよりプロジェクトΔ(デルタ)を始動させる!」
「プロジェクト……」
「デルタ……?」
「……また何が始まりますの?」
「なんだかカッコイイね、Pくん!」
 事務所のアイドル、櫻井桃華城ヶ崎莉嘉。プロデューサーの口から放たれたプロジェクトΔという言葉に不信感を抱く桃華と期待を抱く莉嘉。
「デルタ……」
 『デルタ』という響きに思うことがあったらしく、事務所のアイドル棟方愛海(むなかたあつみ)は趣味の指の運動を活性化させている。
「簡単に言うと事務所のアイドル同士で適当に決めたペアでデートしながら適当に決めた条件を達成するという適当に考えたプロジェクトだ」
「うおー!Pくん適当!」
「適当最高!」
 楽しげな莉嘉と愛海に対し、桃華は呆れた表情でプロデューサーを見ている。日菜子は普段通り妄想にふけっているようだ。
「むふふ……デート……女の子同士もいいですけど……日菜子としては……王子様とのデートが……むふふ……」
「プロジェクトΔ第一タームでは……愛海ちゃんが日菜子の王子様だ!」
「すごいよプロデューサー!つまりそれはあたしが日菜子ちゃんを色々できるってことでしょ!?天才!」
「え、ええ〜……日菜子、目覚めちゃうかもです……」

終わり