桃華ちゃまバースデーコメどっかで見てきてね

「……んっ」
 冷や汗をかいてベッドから飛び起きた少女、アイドルの櫻井桃華。彼女は何か恐ろしげな夢を見たのだが、どうも内容は思い出せそうにない。再び毛布を被り眠りに就こうとするが、冷や汗をかくほど恐ろしい夢でも見たのだ。当然眠れるはずもない。時計を見ると、ちょうど深夜0時。作り置きのカモミールティーを一口いただき、お手洗いに行ってからもう一度眠ろう。そう思い、彼女は寝室のドアを開けた。……同時に、誰かが右隣の部屋のドアを開けた。
「……!?……ぴ、Pちゃま……?」(あなたは「『ぴ、P』という文字列の『ぴ』をあなたの呼び名の最初の一音に置き換え、その後すべての『P』という文字を、それが二文字以上の英単語の頭に現れている文字でないならその呼び名に置き換える」ことを選んでもよい。そうした場合、以下の文章にも同様の置き換えを行う。)
Pちゃまと呼ばれたのは、彼女のプロデューサーである『アナタ』だ。あるいはこんな奴自分ではない、そう思う人もいるだろう。その場合、自分の中に『彼』(あるいは『ソレ』か?)のような部分がないか自問自答してみることだ。
「おはよう桃華ちゃま。いや……起こしちゃったのかな?」
「……今起きたところですわ」
 寝起きなのと予想外のタイミングでの来客に動揺してか、やや奇妙な返答をする桃華。しかしその意図はPに伝わったようだ。
「そっか……ボクもなんか怖い夢を見ちゃって今起きたところだけど」
 どきん。……同じ?同じ理由で、同じ時間に、同じ家で目を覚ます。それだけといえばそれだけのことだが、彼女は、恋を自覚したときよりも胸をときめかせていた。そしてその感覚を味わえるのがたまらなく嬉しかった。
「わたくしも……ですわ。怖い夢を見ましたの。覚えていませんけど……」
 彼も自分と同じ気持ちを味わってくれるのだろうか。そういった期待を抱きながら、彼女は『アナタ』にそう告げた。
「……ボクも覚えてないけど……でもボクにとって怖いのは……桃華ちゃまと一緒にいられなくなることだけだから……そんな夢なんじゃないかな?」
 ……本当にこの人は、歯の浮くようなセリフを。当たり前のように。いや、本当に当たり前だと思ってるのだろう。そう彼女は呆れる。……しかし、そういう恥ずかしいセリフを言われるのは嫌いではなかった。
「……Pちゃまってば……本当……カワイイですわね」
彼女が口にした『カワイイ』という言葉。
「……それは飼い犬に対しての『カワイイ』と同じかな?」
 犬は『シェイプシフター』(形を変える者)とも呼ばれているらしい。さまざまな犬種があり、そのそれぞれに個性があるからだそうだ。変身能力者である彼は、それが気に入って自分を『シェイプシフター』と呼ぶことがある。
「ウフ♪似ていますわね。でも……とにかく……カワイイですわ!」
 以前は『カワイイ』などと言うのはPのプライドを傷つけるのではないかという配慮をして、言葉にはしなかった。しかし、他のアイドルにそう言われて満更でもない様子を見て、配慮は忘れないながらもそう言うようになった。もっとも、元々彼女の態度を見ればそう思ってることは簡単にわかってしまうだろうが。
「……カワイイけど……でも……」
 彼女が表情を曇らせる。……彼の自分に対する執着と依存。それは彼女にとって嬉しいものではあったが、度を過ぎると彼自身を蝕んでしまう、そんな不安が頭をよぎったからだ。
「……わたくしはアナタの将来が心配ですわ。わたくしがいないとどうなってしまうのかしら……。……Pちゃまは将来の心配なんていらないけど……わたくしが心配するのは許してね?」
 そう遠慮がちに言う。『アナタ』は、そう言われたことには納得したが、ただ少しだけ反論をした。
「……ダメ。心配なんてしないで。許さない。ボクがきみを心配させるなんて、そんなこと許せない。……ボクも、しっかりするから……」
 普段より多少強いだけの口調。しかし、いつもは語気を強めることのない彼がそういった口調で語るのは、珍しいことだった。桃華は、彼の目を見て、その中に宿る不安を感じ取った。その不安に彼が、そして自分が飲み込まれないために、彼女は一呼吸し、強い意思の宿った瞳を彼に向け。
「……わかりましたわ。……そうですわよね、Pちゃまなら大丈夫ですわよね。……信じていますわ」
という言葉で、不安を覆い尽くしたのだった。

「……それで、どうしてこんな時間に?」
 彼には『部屋はたくさんあるから住んだっていい』とは言ってあるが、彼は『気を遣いそう』だとか『幸せすぎておかしくなってしまいそうで怖い』とか『できるだけ自分の力で生活したい』とか、よくわからない(少なくとも彼女にとっては)理由で断ってきた。もちろん気が変わったという可能性も考えたが、彼が断る際は強い意志が感じられたから、その可能性は低いと思った。かといって他の可能性が思い浮かんだわけでもないため、結局本人に問うことにしたのだった。
「……だって、今日は桃華ちゃまの誕生日でしょ?ボクが桃華ちゃまの誕生日を一番に祝いたいんだ。そのくらいさせて欲しい」
「……?……!ああ、そうでしたわね」
 もちろん彼女は自分の誕生日を意識してなかったわけではない。しかし、彼女は自分の誕生日の始まりは翌日の朝、自分が目覚めてからだと認識していたため、深夜、日付けが変わってたとはいえ、それは彼がここにいる理由とは結びつけていなかった。
「桃華ちゃまが寝たなー、って時間にお家に着いて使用人さんに『一番に祝わせて欲しい』ってお願いしたんだ。ありがたいことにオーケーしてくれた。それで桃華ちゃまのお隣の部屋で寝て、桃華ちゃまが起きる時間のちょっと前くらいに起きて一番にお祝いしたいって思ってたんだけどね」
「……でも、偶然二人とも怖い夢を見て起きてしまって……ってことですわね」
「うん。そうだね。……お誕生日おめでとう。……うーん、でもこれじゃまるで日付変わったらすぐ祝いたいからボクが起こしたみたいだな……よし、
一旦寝てまた朝になってから仕切り直そ?」
「……そうですわね……おやすみなさい、Pちゃま」
 わかるようなわからないような提案をする彼とそれを受ける桃華。眠いので頭が働いていないのだろう。
「おやすみ。……そうだ、お手洗い借りるよ」
「……あ、案内しますわ。ちょうどわたくしも……」
 恥ずかしいことを言ってしまったと思って口ごもる桃華。しかし彼女の言葉に茶々を入れたり揚げ足を取るのが趣味のような彼にしては珍しく、そこには触れなかった。
「じゃあお願いするよ。……広いなー、このお屋敷……」
 
 翌日。ベットから起き、身支度をし、ドアを開け、廊下に出た桃華。それを廊下の窓側で待っていた彼。
「お誕生日おめでとう、桃華ちゃま」
 彼はそう言ってバラの花束と小さなプレゼントボックスを手渡し、桃華がそれを受け取った。桃華は、仕切り直すことになって準備した言葉を彼に伝えた。その言葉を受けて彼は、
「……うーん。なれるかなぁ……」
となんとも頼りない返答をしたけれど、桃華はその答えも知っていたように、
「きっと、なりますわ!」
と薔薇色の微笑みを浮かべて、花束とプレゼントボックスと彼を抱きしめるのだった。

続く